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去りし3月11日を思う

2011年3月11日

イヌパワー龍之介は

当時横浜に住んでいた僕は某飲食店でバイトしていた。

先の見えないフリーター生活だ。


音楽をやる意味もだんだんわからなくなっていた。


友人Bとの音楽(プロフィール記事参照)も頓挫して、

どうすっかな人生、という精神状態だった。



行きの電車の中で、

「脱輪しねえかな」

毎日そう思っていた。



だらしなく支度をして、いつも通り調理場に入り、不機嫌そうな顔を

なんとかほぐしながら仕事仕事仕事



14時〜15時頃だったか

大量かつ高温の油を使う調理場にいた。



ゆらっゆらっ



と油が揺れた気がした。



おかしい

明らかに

嫌な予感がした



その直後だ。

激しい揺れで立てなくなったのは。



なんとか、すぐに油のヒーターの電源を落とした

火事にだけはしたくなかった

この辺は阪神淡路大震災で学んだことがいかされているなと自分で思った



横浜ですら震度6強

震源地付近のそれは、想像することすらおこがましいと思う




そのあとの騒ぎはご存知の方も多いか


店も営業している場合じゃないと、帰宅指示

携帯が8時間くらい繋がらなくなった

電波の回線がパンクしていたからだ

近くの店は発火して火事になっていた



さてどうするか。



家まで、歩いたら4時間くらいかかる道のり

運良く近くに住んでいる友人と連絡がとれ、車で送ってくれることになった。

親父も拾って。



帰り道、信じられないくらい暗かった

何せ、街灯はもちろんだが、信号機が全てダウンしていた。

友人も普通の精神状態ではいられなかっただろう、2回くらい事故りかけた。



命からがら家までついた。



結局その友達が帰るのが心細すぎるということで、友達の家に僕が泊まることになった



初めから彼の家に泊まった方が早かったやんていう。




あの日見上げた空の、それは信じられないくらいの美しさを

僕は多分生涯忘れられないと思う。



それほど、皮肉なほどに綺麗な夜空だった。



夜空は何も知らない顔をしていた。

星の明滅がつぶさに観察できたほどだったから。

人間のちっぽけさを感じて浸っていた

まだ少し呑気だった気がする、その夜は



当時はまだガラケー全盛

iphoneはまだ出始め



1時間起きにガラケーのアラート機能でずっとバイブが鳴った

気の弱い友人は余震とアラートで寝られなかったという

なぜだかその日僕は、数年ぶりの快眠を貪った、これは僕も意味がわからなかった。




翌日からだ。

ことのヤバさを知ったのは。




まず東北太平洋海岸沿いの甚大な被害

連日津波に連れさられる人と家屋の映像

何もなくなった土地

救助を待つ人々

体育館に陳列された、数え切れないほどのご遺体




尊敬するスピッツの草野さんは繰り返されるこのニュースでパニック障害を引き起こし

ツアーをいくつか中止にした。


(2013〜2016年に発表された曲で、明らかに津波のことを歌っている曲たちは

今聞いても食道を絞られるような気持ちになる 未来コオロギ、

僕はきっと旅に出る、みなと ら辺)



政府の対応の遅さによって原発の被害は甚大になったというニュースを毎日みさせられた

(世界から日本政府の無能さを非難されたそうだ)



同時に、震源付近に住まれていた方々の誇り高さも報道で知った

(配給車に綺麗に長蛇の列をつくり、世界から賞賛された)



こんなコントラストあるか、皮肉な。




僕は、恥じた

自分をこの時ほどクズだと思った時はない。



何が「脱輪しねえかな」だ。




命とはなんだ

生まれた意味とはなんだ

そんなこと、誰も教えてくれない

なら自分で見つけろよ

いただいた命は、いつか返さないといけない日が来る

その時は、選べない

誰も知る権利も術もないから

だからこそ、僕たちは生きがいを、希望を見出し、



ある人は、家族が

ある人は、自分が

ある人は、神様仏様が

ある人は、自分の好きなコンテンツが



何かに自分を投影して、それが生きる意味に代わり、そして力になる。


その力は間違いなく循環をおこし、やがて大きなエネルギーとなって時代を、社会を形成する。



それをあろうことか、つまらない日常からの逃避にこの命要らないんで返しますとは。



人の子なのか僕は、とまで思った。(両親ごめん)



なんのことはないが募金くらいはできると思って、した。



そのあとだ、ちゃんと働こうと思ったのは

(振り返ると遠回りしちゃったけど、当時は最良の選択だったということにしている)



まあ、しかし人間の適応力はすごい

地震後しばらくは節電も積極的にしていたしみんな自粛ムードだったけど、

しばらくしたら普通にエスカレーターとかエレベーターとか普通に使い始めた。



諸外国からは、かのチェルノブイリ級の事故だと烙印を押されている

僕たち日本人が考えているより、世界から日本の見られ方はよくなかったのに、

確かに僕たち、呑気なのではないかと当時21なりに思っていたんだ。



かと言って当時視野の狭かった僕にはどうすることもできず、

せめてちゃんと生きようとすることでしか答えを見出せなかった。

こんなのうのうと生きていていいのか?ちょっと北にいった地にこれだけ死者が出たのに。




当時の素直な気持ちだが、この思いも3/11にならないと思い出せないことが恥ずかしい。



せめて、まだ生きている僕たちにできることはなんだろう。



忘れないこと、絶対に風化させないこと。

そしてどんな形でもいい、今なお続く除染作業に、少しでも協力すること。

無駄なエネルギーを使わないこと、でもいい。




明確な答えではないかもしれない。

でも、何かしようと思う。

そんな夜に、なった。

あなたの心の栄養、あります。

最近、熱くなれていますか?
最近、青春していますか?

30歳でもう一度青春を始められめた
僕が断言します。

【青春に、年齢制限も回数制限もない】
(そう言う記事も書いていますが)

そう、要するにですね、

【メルマガ始めました】

その名も

【イヌパワー龍之介の、魂のメールマガジン】

うん、長いすよね。
薄々気づいてたんですけど止まらなくて。

~本気のかけらを隠し持つあなたへ~

~昔くべた「まき」から未だにわずかでも
煙が上がり持て余しているあなたへ~

あなたの心の栄養、
処方して、ございます。
(注:本当のお薬は売れません。例えです)

ブログ記事には
書ききれないことをメインに、
元気にパワフルになっていただける
内容です!!

気になった方は、響いた方は、
こちらからお待ちしてます!
リンクになってるのでそのまま飛べます!
https://my81p.com/p/r/iX9cL6nN

2 件のコメント

  • ちょうど1年前に、気仙沼市にある東日本大震災遺構・伝承館に行ってきました。そこは津波の被害をもろに受けた学校が、そのままの形で見学できる場所です。現場を見て、自分は言葉を発することができませんでした、あまりの生々しさに…

    自分は今、日本には住んでいませんが、幸い日本と非常に関係の深い仕事をしています。その時、思ったことは、外(海外)から日本へ、そして被災地に何か貢献できないかと、貢献しないといけないと強く感じました。今、少しずつですが、それが実現しようとしています。貢献度としては非常に小さいものかもしれませんが、それでもいいからやり続けるつもりです。

    • 私も近い内に伝承館に行くべきだと真剣に今思いました。
      貴重な情報をありがとうございます。

      わたべ様が既にしていらっしゃることはご自身にとっても日本にとっても、きっとわたべ様が住まれている国とっても素晴らしいことなのではないかと本気で感じます。
      エネルギーに溢れたコメント、本当にありがとうございます。

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    inupower29
    初めまして、イヌパワー龍之介です。 何一つ長続きしないゆとり世代ど真ん中、 鬱を3回拗らせて家に引きこもりやっと出たと思ったら上辺だけの人間関係に疲れ果て、 勢いで会社を辞め独立し個人で仕事をするも鳴かず飛ばず。 何の資格も持っていない私が再就職も満足にできるわけもなく、、、 師匠との出会いをきっかけに月収200万を 達成する未完の物語。 ストーリーの続きはあなたと描く! 横浜育ちの私が気づけばカナダにいたり、 中国にいたり、とにもかくにも神出鬼没のイヌパワー。 とにかく直感だけで生きてきた私が、 自らの未来の価値に気づき本質的な意味での 「学び」の凄さを知った。 様々な経験を糧に、「共感のプロ」であり「情報発信のプロ」として成長し、誰もが自分と自分の未来の価値に気づくための、共に学び合える「豊育」の学び舎を作りたい。 そして、親友との約束を果たすために。 ブログに書いていないことはメルマガで!!